夫も子どもも家も。今の私にはなくてもいい

こんにちは、たかぎしおりです。

ふと、「夫も子も家も、いらないかも」と思いました。


「いらない」は強がったかもしれません(汗)

「これがなきゃムリ!」「生きてけない」

そんな”絶対必要なマスト”ではないよなーって感覚なのです。

伝わるだろうかこのニュアンス……。

若かりし20代の頃、人並みに「結婚、妊娠、マイホーム」に憧れました。

「みんなと同じようにせねば」と盛大に焦り、当時お付き合いしてた人にいらぬプレッシャーかけまくり、結果フラれる経験もしました。(遠い目)

でも「もういっかな」

と、自然に思うんです。

「女としての幸せは結婚と出産」「(ソレを経験しなきゃ)一人前とは言えない」そんな社会の「当たり前」に、「そうですか。でもわたしはいいです」と、今なら言えそうなのです。

夫も子もないが、家とメシはある。

独身中年女、フリーランス。ついでに今は実家暮らし。

改めて書き出してみると、我ながらちょっと心配になる…….。


決して高いスペックとは言えない。でも、実はこれでけっこう「足りて」います。

30代ともなると、暗黙のうちに、安定した職、結婚、育児などの経験を求められる気がします。どれも私は持っていないけれど、毎日そこそこ楽しく生きられています。

なぜか?

必要最低限の家とメシにありつけていることは大きいです。

「それは当たり前じゃん」という声も聞こえてくるので、もう少し掘り下げますと。

この3つのおかげで、何とか生きられてると思うのです。

  • 嫌いな仕事をしない。苦手な人に近づかない
  • 食べ物の近くにいる(田舎の新鮮な食材)
  • たとえ無職になっても最低限の蓄えはある

少し補足させてください。

嫌いな仕事をしない。苦手な人に接触しない

昔から「苦手なことは、極力減らす」タイプで、仕事も人間関係もできる限り「削って」きました。

苦手なことは、

  • 通勤時間が長い
  • 拘束時間が長い
  • 嫌いな上司、同僚に毎日顔をあわせる
  • やりたくない仕事をする
  • オフィス汚い

などなど。

「いやだな」とか「やりたくないな」と思う作業を減らすだけで、意外に幸福度は格段に上がります。

だって毎日「通勤電車やだな」「仕事したくない」なんて思う時間がもったいない。

だったら苦手や嫌なことを極力減らし、その分自由な時間を手に入れたい。

わたしがフリーランスで、自宅やカフェでノマドワーカーになったのも、当然の成り行きなんでしょうね。

食べ物の近くにいる

元来、食いしん坊なので「食うものに困らない環境」に重きを置いてます。

東京から田舎に帰ったときに感動するのは、やっぱり食べ物がいっぱいあること。

野菜でも魚でもフルーツでも、とにかく新鮮でおいしい。あと安い(これ大事)。

「あ、食べたい」と思ったとき、今は目の前に畑があるので収穫に行けます。これがわたしには幸せ。

これからも都会に行くことはあるし、もしかしたら住むかもしれない。でも、おいしい食材がある場所にいたい。この柱みたいな価値観が自分の中にあることを知り、人生に筋が通った気がします。

少しの蓄えはある

決して、お金の心配がない状況ではありません。

そりゃフリーランスなんて常に収入の心配があるし……

いやむしろ心配ばかり……。

でも仮に、今無職になっても、たぶん2年くらいは生き延びるだろう。それくらいの蓄えは常に持つようにしています。

「宵越しの金は持たない」主義の人もいるでしょうが、わたしにはセーフティネットみたいなものですね。

こんな感じで、夫も子もなくても、家とメシがあるから割と満たされてしまってます。

わたしを一番縛るのは、わたしだった

だからわたし夫も子どももいりませーん

と言っても、社会は許してくれません。

…….ん? 本当にそうなのか。

「社会がわたしを許さない」と言いながら、自分で自分を許してないだけじゃなかろうか?

確かに「女性は結婚して子どもを産むべし」という文化は根強くある。

でも、「社会」って誰を指すのか?

たとえ「社会」が結婚や妊娠を求めても、「あたしはいいや」って堂々としていればいいじゃないか。自分を許してないのは、自分だろう。

この「自分で自分を縛ってる」ことが分かったとき、けっこうショックでした。

毛嫌いしていた文化や風潮は、しっかり自分に刻み込まれていた。

挨拶がわりに「いつ結婚するの?」「売れ残っちゃうよ〜」「早く子ども産みなよ」と言うご老人たち。

「はははー」と笑ってごまかしてきたけど、気づけば自分も毒されていた。

「結婚しなきゃ」「子どもを産まなきゃ」と自分で自分を責めたてていたのだ。

……もう、いいんじゃないか。

結婚や出産は、1つの価値観でしかない。するもしないも本人次第だ。一つの価値観に、これだけ心を乱されているわたしは、ちょっと素直すぎないか。

なんだかバカバカしくなってきて、

「もうソレ、いいや」と思うようなってきた。

参考にしたい女性が増えてきた

でも、地方暮らしで独身中年女という身は、なかなか辛い時もあります。

強がってるわたしでも「このままでいいのかな」と悩んだり、人様の目が気になる時もあります。

そんなちょっとしんどい時、背中を押してくれるのは、独身でも立派に生きてる女性たちの姿です。

わたしがウッと行き詰まった時、この二人の本を読んで、気持ちを落ち着けてます。

稲垣えみ子さん

日本のジャーナリスト。朝日新聞大阪本社デスク、朝日新聞論説委員、編集委員を歴任後、2016年に50歳で依願退職しフリーのジャーナリストとなる。(Wikipedia)


寂しい生活

群ようこさん

日本の作家、随筆家。独身。軽妙な語り口の文体で、主に女性からの支持を受けている。(Wikipedia


しない。

群ようこさんの説明に「独身」と入れる必要はあるんだろうか、ウィキペディアよ。

こんな立派な人たちを「参考にしたい」なんて言うこと自体、おこがましいのですが…….それでも勇気をくれるので、本当ありがたい存在です。

社会の「当たり前」に「ノー」という

「結婚、妊娠、マイホーム」

好きな人ができて、それらを望むことはごく自然なことだし、憧れる人も多いだろう。(かつてわたしも多いに憧れた。残念ながら成就しなかったけど)

ただ、それらを「絶対にすべき」「女としての幸せ」と決めつけたり、誰かにプレッシャーを与えるのは、もうやめだ。

これだけ多様化した時代で、答えは1つじゃないし、1つの価値観をめぐって争うのは不毛すぎる。

ずっと繰り返されてきた答えのない話から、わたしは離れようと思う。

それでも社会が「当たり前」を求めてきたら。

そんな時は「でも、わたしはいいです」と、堂々と胸を張って、ノーを言えるような生き方をしたいものです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です