凡人の私には「ほどよい田舎」が合っていた

移住して5年の私が思う、ド田舎で生き残る人 >>> (動画サイトに飛びます)

福島の山中に5年ほど住んで、栃木に下山した、たかぎです。

ど田舎に定住できる方って、「種」として強いと思うんですね。

過疎化が著しいド田舎においても、

強者の思考

「ウヒョー!不便な生活マジ楽しeー!」

本気で思える。それは強者の証です。

私もそんなたくましい人間になるべく、2014年にど田舎に突入しました。が、退却を決めました。「ほどよい田舎」の方が、私には合っていたようです。

種族が違う

そう。根本的に生き物としてのレベルが違うんですよ。例えるなら、

  1. ど田舎に楽しく暮らせる人 = 開拓民
  2. ほどよい田舎がいい人 = 凡人

こんな感じです。

(凡人って言ってごめんなさい。もっといい表現はないものか)

不便を楽しめる「開拓民」

ど田舎とは、種として強い者が生き残る場所。

言うなれば、開拓民です。

戦後あちこちで土地を拓き、開墾してくれた方々ですね。あんなイメージ。

だって考えてみてくださいよ。

  • すべての施設が遠い → 運転スキル必須
  • 道がデコボコ → 四駆の車も必須
  • 生活コストが何気に高い → 稼ぐ力必須
  • 田舎のしがらみを生き抜く → コミュ力必須

必須のスキル多すぎやしないか?

つまり、この不便さを楽しむ強さを持った種族だけが生き残れる地、それがど田舎です。

異論がある方もいるかもしれません(いないかもしれません)。

が、人口5000人ほどの過疎地に5年ほど住んだ者としての結論です。

夫婦の方が、「ど田舎」移住はうまくいく

正直、ご夫婦の方が移住はうまく行きやすいと思います。

ど田舎であればあるほど、「夫婦」という単位は歓迎される。

もしくは「この地で絶っ…対に、未来の旦那or嫁をゲットする」という、したたかさを持った人。もとい、強さ( ᐢ˙꒳ ˙ᐢ )

共に生き抜く「仲間」がいないと、サバイバルな田舎生活は成立しないのが現実かと思います。

よく移住パンフで「家族でのんびり田舎暮らし〜」的な特集で、ふんわり・ほっこりした奥様を見ると「この人強いな……」と思います。

あるいは、全ての煩悩を捨てて仙人になるというのも一つの手ですね。

どっちみち強い。

「ほどよい田舎」は、枠組みが用意されてる

一方で、ほどよい田舎とは何でしょうか。

  • 徒歩 or 自転車でインフラにアクセスできる
  • 便利な場所も多いが、自然や緑もある
  • 仕事を見つけやすい
  • 人間関係が濃くない(わりとドライ)

あくまで私の所感ですが。

ど田舎は自分でインフラを整えていく人たちですよね。ダンプカーみたいな。

ほどよい田舎を好む人は、ある程度の枠組みがあった方が落ち着くタイプの人かと思います。

私も「ほどよい田舎」が合う人間でした。ど田舎の過疎地で、パワフルな人たちが開拓してくれるのを見守っています。

整備されたらそこに行くのもアリだな、とか思ってます。

よろしくです、開拓民の皆さん∠( ᷇࿀ ᷆ )◀︎

「ほどよい田舎」の方が住みやすかった

不便な田舎でも、楽しく暮らす。

そんな人に心から憧れていました。

しかし、実際にかなりの田舎に住んでみて「この先もこの場所で生きていくのか?」自分に問うてみたら、答えはイエスではありませんでした。

この本音に気づいた時、実はショックでした。

「ああ、私はここで生き残れる人ではないんだな」

自分の弱さに気づいて、寂しさを感じたんですね。

でも、その弱さも、5年間は踏ん張ってみたからこそ分かったこと。

自分には合ってない。なら、方向を変える。それでOK。

今は栃木のほどよい田舎で、引っ越してよかったな〜と思います。また違う場所に行くかもしれないし、ここに長く住むかもしれないし。

ドッシリ根を張って生きる人もいれば、いつでもどこにでも飛んでいける人がいたっていいですよね( ◜ω◝ )

今はそんな風に思ってます。

コロナで地方移住がさらに注目されてますから、こんな体験談も参考になったら嬉しいです。

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